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東京地方裁判所 平成12年(ワ)3596号 判決

原告 加茂隆康

被告 中島清

主文

一  原告の被告に対する平成一一年一二月一三日付弁護人委任契約に基づく金三一万五〇〇〇円の金員の返還債務が存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、平成一一年一二月一三日、原告(弁護士)との間で、被告に対する逮捕(被害者平田朗子)被疑事件に関する弁護人委任契約(以下「本件弁護契約」という。)を締結し、同日、原告に対し、その着手金として三一万五〇〇〇円(消費税込み、以下「本件交付金」という。)を交付した。

2  しかるに、被告は、本件弁護契約に関し、原告に債務不履行があると主張して、原告に対し、本件交付金の返還請求債権を有すると主張している。

3  よって、原告は、右債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

1  原告は、本件弁護契約に基づく弁護活動において、被告から要請した次の弁護活動を行わなかった。これは、弁護士として善管注意義務を怠ったものであり、不完全な弁護活動というべきである。

(一) 被告について保釈の請求すること。

(二) 被告と平田朗子との間の会話の録音テープを担当検事へ提出すること。

(三) 平田朗子を窃盗罪で告訴すること。

(四) 平成一一年一二月二七日にした接見の依頼を拒絶したこと。

2  被告は、平成一二年一月一一日頃、原告に対し、右債務不履行を理由として本件弁護契約を解除する旨の意思表示をした。

3  よって、被告は、原告に対し、本件弁護契約を解除したことにより、本件交付金の返還請求債権を有する。

四  抗弁に対する認否

抗弁は、否認ないし争う。

理由

一  請求原因事実(本件弁護契約の締結、本件交付金の交付)は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  右争いのない事実のほか、証拠(甲一号証ないし一二号証、乙第一号証ないし三号証、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によると、次の各事実を認めることができる。

(一)  原告は、第一東京弁護士会に所属する弁護士であり、被告は、接骨師である。

(二)  被告は、平成一一年一二月一一日、平田朗子に対する逮捕監禁の容疑で、警視庁新宿署の警察官によって逮捕され、同署に引き続き勾留された。

(三)  被告は、知人から原告のことを伝え聞き、同月一三日の午前中、新宿讐察署の留置係を通じて、原告に対し、弁護人受任の依頼の連絡をした。これを受けた原告は、同日午後四時半頃、自己の法律事務所において、被告の意を受けて来所した被告の妻かつえに対し、原告の用意した弁護士報酬説明書及び承認書(甲二号証)及び弁護人委任契約書(甲一号証、以下「本件契約書」という)を示し、その内容を説明した上で、これらに同女の署名・押印を得、更に、同日夜、新宿警察署に赴いて、被告と接見した際に、右本件契約書、承認書及び弁護人選任届(甲四号証)を被告に示し、その内容を説明した上で、被告からそれぞれの書類に署名・指印を得た。

(四)  本件契約書には、着手金はそれぞれの法的手続の委任を受けてから三日以内に、事務処理に要する実費等は請求を受けたときに、報酬金は各々の手続の処理が終了したときに支払う、原告本件事案の処理に着手した場合には、受領済の着手金は、いかなる理由によっても返還しないとの趣旨の記載がある。

(五)  第一東京弁護士会の弁護士報酬規則には、刑事事件における弁護士費用について、「起訴前の事件」の着手金として、事案簡明な事件の場合は、最低三〇万円以上最高五〇万円以下、右以外の事件の場合は、最低五〇万円以上と規定されている。

(六)  本件弁護契約は、「起訴前の事件」についてのものであり、本件交付金は、着手金として交付されたものである。

(七)  原告は、本件弁護契約に基づいて、次のような弁護活動をした。

(1)  原告は、平成一一年一二月一三日午後七時半頃、被告が勾留されている新宿警察署を訪れて被告と接見し、被疑事件の内容、その認否を聴取し、今後の捜査機関の取調に対する対応方法を指示し、次回の接見予定日を同月二二日と指定して、午後九時過ぎに接見を終えた。

右接見の際、被告は、原告に対し、被告が平田を逮捕監禁した理由について、平田が被告の所有物である現金入りの財布、鍵、免許証などを含む様々な物品を数限りなく窃取したからであり、その経緯につき被告と平田との間の会話を録音したカセットテープを妻のかつえが所持していると申し述べた。

そこで、原告は、右テープ一本をかつえから預かり、同月一五日頃、東京地検捜査担当の検事に提出して、被告の情状酌量を促した。

(2)  原告は、同月二〇日午前中、新宿警察署の留置係から電話連絡を受け、被告から原告に対する接見の依頼があると伝えられたため、同月二二日に予定していた二回目の接見を急遽繰り上げ、同月二〇日午後七時半頃、新宿警察署に赴き、被告と接見した。

原告は、右接見中、被告の依頼により、本件逮捕監禁事件の被害者である平田朗子の宥恕を乞うため、被告との接見を一時中断して、同署に勾留中であった平田と接見した。また、保釈の可能性については、原告は、被告に対し、保釈請求をするためには、別途弁護士に対する支払いが必要なほか、保釈保証金として二〇〇万から三〇〇万円を要する見込みであること、したがって、これらの費用の調達ができなければ、保釈請求は困難であること、妻かつえからは、被告の現在の経済状況は苦況にあり、保釈保証金を工面できるあてがないと聞いていることを説明した。これに対し、被告から格別の反論はなかった。同日の接見を終えるに当たり、原告は、被告に、一二月中は接見の予定はなく、同月二八日から翌平成一二年一月九日まで、原告の法律事務所は休業である旨を伝えた。

また、右接見の際、被告が原告に対し、被告自身が平田朗子の弁護人と面会し、平田の宥恕が得られるよう頼みたいとの希望を表明したため、原告は、被告のために同弁護人と連絡を取り、被告の希望を伝達した。

(3)  原告は、同月二二日付の書面で被告に対し、被告が同月二八日、逮捕監禁及び覚せい剤取締法違反容疑で起訴の見込であること、平田の弁護人には連絡したが、同女の宥恕を得ることは困難であること、被告として、平田にこそ非があると強く主張したいのであれば、平田を窃盗罪で告訴するしか方法がないこと、起訴後については、国選弁護人の選任を求めて欲しい等、弁護活動の報告等をした。

(4)  原告は、同月二四日午前中、新宿警察署留置係から電話連絡を受け、被告が「保釈保証金が準備できなくても保釈請求できる、保釈請求しなければ、弁護人にやめてもらう。」と強くいっていると伝えられたため、同日付け「ご連絡」と題する書面で被告に対し次の内容を伝えた。

ア 保釈請求をするためには、別途弁護料がかかること、保釈保証金が二〇〇万から三〇〇万円かかるため、これらの費用が用意できなければ、保釈請求はできない。

イ 保釈請求しないなら、原告への委任は取りやめたいというのであれば、取りやめて差し支えない。弁護人解任届用紙を同封するので、返送して欲しい。

ウ 本日、かつえから平田と被告との間の会話録音テープ四本を受け取ったが、被告が原告を解任する見込みであること、被告が平田を告訴する可能性があることを考えると、国選弁護人選任後、同弁護人を介して、公判廷に提出するのが賢明であると判断し、右テープを検事に提出することは見送った。

(八)  被告は、原告に対し、同月二七日付書簡により、辞任届の提出と保釈請求の意思のないことを表明したことを理由として、本件交付金を解約金として返還するよう請求した。

(九)  被告は、平成一二年一月一一日付で原告から送付された弁護人解任届に署名指印し、右解任届は、同年一月一三日、被告の事件を担当する東京地裁刑事部に受理された。

(一〇)  原告は、同月一三日、新宿警察署において、被告と接見し、原告は本件弁護契約に基づく起訴前の弁護活動を完遂したこと、本件契約書に、着手金はいかなる理由によっても返還に応じられない旨規定されているから、本件交付金の返還には応じられない旨を説明した。

(一一)  被告は、平成一一年一二月二八日、逮捕監禁罪、覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴され、更に、平成一二年一月二一日、覚せい剤取締法違反(所持)の罪で追起訴された。被告は、私選弁護人を委任して同月一七日の第一回公判期日を迎えたが、その後、弁護方針をめぐって意見の対立があって同弁護人は辞任し、現在国選弁護人選任手続中である。

被告に対する保釈は、未だ許可されていない。

2  以上の認定事実によると、原告は、本件弁護契約に基づく弁護活動を誠実に履行しているものと判断することができるから、被告主張の善管注意義務違反の事実があると認めることはできない。すなわち、

(一)  保釈請求について

原告が被告に対し、接見の機会に、被告の経済状態からみて、保釈保証金を用意することが困難であるところから、保釈請求は困難であると、被告の保釈の見込みにつき説明していること、これに対し、被告も格別の反論はなかったことは前記のとおりである。そうすると、その後保釈保証金調達の目途が立ったことを認めるべき何の証拠も見当たらない前記時点において、原告が、被告の求める保釈請求の手続を行わなかったとしても、弁護人としての善管注意義務に違反したということはできない。

(二)  録音テープを担当検事へ提出することについて

原告が、被告から辞任を要求されているという状況下において、被告に対し、右録音テープの提出は公判廷において国選弁護人を介してされることが相当であると判断し、その旨被告に説明したことは前記のとおりであり、右判断は、弁護人として合理的な判断ということができるから、原告に注意義務違反があったということはできない。

(三)  平田朗子を窃盗罪で告訴することについて

原告が、被告に対し、平田を告訴することにつきアドヴァイスしたことは、前記のとおりであるが、それ以上に、原告が右告訴に係る事務処理を被告から依頼されたことを認めるべき証拠はないから、被告主張は、前提を欠く。

(四)  平成一一年一二月二七日の接見の依頼を拒絶したこと。

原告は、同年一二月二〇日の接見の際に、被告に対し、一二月中は接見の予定はなく、同月二八日から翌平成一二年一月九日まで、原告の法律事務所は休業である旨を伝えていること、その後の被告の経済状況の変化を認めるべき証拠もなく、弁護人として直ちに処理すべき事務があったとも認められないことからすれば、被告が、平成一一年一二月二七日に突然接見の要求をし、これに原告が応じなかったとしても、これをもって原告に弁護人としての注意義務違反があったということはできない。

3  以上によれば、被告の抗弁は、採用することはできず、本件弁護契約において原告に弁護人としての善管注意義務違反があったと認定することはできないから、被告の原告に対する本件弁護契約解除の意思表示が効力を生ずる余地はなく、被告の原告に対する本件交付金返還請求債権が発生したということはできない。

四  以上の次第で、右債権の不存在確認を求める原告の請求は、理由があるから、認容し、訴訟費用の負担について、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中壯太)

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